Newsニュース

【よみもの】聞こえないアテンドと見えないアテンドで綴る、季節の往復書簡

2020年12月よりスタートした、聞こえないアテンドと見えないアテンドで綴る、季節の往復書簡。
高校生で音のない世界に移住したサイレンスアテンドのかりんと、生まれてこのかた見るという感覚を使ったことのないダークアテンドのバリ・ジョニー。
二人の往復書簡に、どんな季節の移ろいを感じますか?

これまでの書簡


季節の往復書簡vol.1(2020.12.9)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

ダイアログ・ミュージアムがオープンして、早いもので4カ月近く経ちましたね。
私にとってこのミュージアムのスタッフ控え室―私たちは『楽屋』と呼んでいますが―は特別な場所になっています。
生まれてこのかた見るという感覚を使ったことのない私ですが、コミュニケーションの大部分に視覚を使っているサイレンスのアテンドさんと交流できるのが、ダイアログ・ミュージアム「対話の森」の楽屋なのです。
使ってきた感覚が違えば、蓄積される文化が違う。と思えば、意外と共通点があったりもする。
文字を通じてかりんさんと対話する中で、『違い』と『同じ』を発見したくなりました。

そんなわけで、お手紙差し上げます。

最近はめっきり寒くなりましたね。
今年は外出中は必ずマスクを付けているので、外気の寒さはあまり感じません。
むしろ家にいるとき―マスクもしていないし、はだしだし、洗い物をしているときの寒さが身にしみます。
私はこの時期特別にほっとするにおいがあります。
お湯を沸かしているときのガスのにおいです。
普段ガスのにおいがしたら、ちょっと不安な気持ちになりますよね。
でも、私は冬の始まりの時期だけ、ガスのにおいを嗅ぐと「お湯を頻繁に使う季節になったんだなー」と気づき、手がお湯の温かさを思い出して温かい気がしてくるのです。
先日ダイアログ・イン・ザ・ライトを体験したお客さまが星には冷たい感じがする光と温かい光があることを教えてくださいました。
それと同じように、温かさを感じるにおいがあるんですね。
かりんさんは、どんな冬を感じていますか?


季節の往復書簡vol.2(2020.12.23)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

素敵なお便りをありがとう。
ダイアログ・ミュージアムのモミの木、清々しい香りが気持ちを凛とさせますね。
私とバリちゃんの身長(おそらく同じくらい小さいよね)の二倍以上はあるモミの木は、毎日わたしたちの目を楽しませてくれます。
対話の森にある、大きなモミの木。
バリちゃんは、どんな風に感じているのかな? ふれるとチクチクして痛いかしら?
対話の森の楽屋でそんな話も聞かせてほしいな。

私にとってコミュニケーションの大部分に聴覚を使っているダークのアテンドのみなさんとの交流って知れば知るほど『違い』がわかるし、それが面白くてたまらない。
文字を通じた、バリちゃんとの対話にとってもワクワクしています。

さて、冬のはじまりにガスのにおいをかぐとほっとする、というバリちゃんの感性好きだなぁ。
私はね、季節の中で冬が一番好きです。
特に冬の朝。 凍てつくほど冷たい空気のなか、息がほわっと白く見えるの。
まるで夜の間の静寂と沈黙の封印を解くように。夜明けの空に光る星は、冷たい輝きのように感じるよ。
明けの明星といわれる金星かな。 温かい光、とがった光、柔らかな光、星の光や色は全部違うけれどどれも美しいです。
そうそう、私は高校生の時に聴力を失ったのね。 きこえなくなってから夜空を見上げると、星の音が聴こえるような気がするの。
シャラシャラシャラ…。
カシャカシャカシャ…。
耳にくすぐったいような音。 流れ星は、ヒュー――ってロケット花火のように。
音を失って聴こえてくるものがあるって素敵よね。
バリちゃんは、夜空の星をどんな風に感じるんだろう?


季節の往復書簡vol.3(2021.1.15)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

温かいお返事ありがとうございます!
私はかりんさんからのお手紙を、PCの音声読み上げ機能を使って音で聞きました。
かりんさんの文章には心地好いリズムがありますね。

ワクワクして、ステップを踏むような音楽を聞いているようでした。
寒い朝には息が白くなること、言葉では理解していましたが、見たことがなかったのです。でも果林さんのお手紙で初めて知った気がします。夜の静寂を破る白なんですね。

私は物心付いた頃から目が見えず、視覚という概念がありません。
私の感じる世界は、音と形と質感と匂い、味でできています。

私にとって『色』と『光』は未知。
だから、星って未知過ぎて、とってもとっても興味深いです。
星空ってどんなだろう。
私の想像では、ビーズよりも砂よりももっと小さな粒が沸き出るように無限にあって、触れるとしたら湯気よりははっきりしているけれど砂浜より柔らかい、そんなイメージです。一粒一粒がチクっとしたり、さらっとしたり、冷たかったり、熱かったりするんでしょうね。
かりんさんが星を見上げると聞こえる音、私も聞こえたら、星の質感のイメージが変わるかも、と楽しくなります。

ちなみに、白という色の質感は色々なイメージがあります。
純白なら氷っぽいかな。イエローがかった白はちょっとねっとり感がありそう。灰色っぽい白は重たい感じ。
寒い朝に見える白は、どんな白なのでしょう。 温かい白だと良いな。


季節の往復書簡vol.4(2021.1.28)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

バリちゃん!心が躍るお返事をありがとう。

湯気よりはっきりしていて砂浜より柔らかい「星の感触」…
考えたこともなかったので繰り返し読んでうっとりとしました。

見える私にとって、星は遠くに輝くもので決して手が届かないものだと思っていたからです。すごいなぁ。 そして「星の感触」で思い出したことがあるの。
それはね、砂浜で、周りに誰もいないとき、両手で砂をすくって空に向かって放り飛ばすの。
ふわーっと砂がきらめいて、一瞬だけど昼間の星空みたいできれいなのよ。(決して風下でやってはいけないことも“身をもって”学びました)
バリちゃんと一緒に砂浜にいって、星の感触を堪能したくなりました。 全身星まみれに!

そしてね、寒い朝に見える白って色々あるけれど、 あたたかい白が多いかなと感じるよ。 息の白さも、やかんから出てくる湯気も、窓を曇らせる蒸気も暖かさの象徴の白だね。

そういえばバリちゃんはお湯を沸かすときのにおいが好きっていってたよね。
お湯が沸いたときの音ってどんなかんじだったかな。
私は雪国育ちなので、冬はいつもストーブにやかんをおいてお湯を沸かしていたよ。 シューとか、シュンシュンシュン、だったかなぁ。 最後に聞いたのはいつだろう。

私にとって音は『記憶』と『未知』。 聞こえていた時に聞いた音は記憶という形で残っていて 思い出そうと思えば今もきこえそうな音はたくさんあるし、忘れてしまう音もある。
一方で聞こえなくなってから出会う音は『未知』なんだ。
バリちゃんが好きな音って、なに? 


季節の往復書簡vol.5(2021.2.13)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

お返事ありがとうございます!
温かいなー。かりんさんの言葉で聞く雪国の景色は温かいです。
外は冷たい白銀の世界。静かに積もる雪。
でも家の中は―ストーブがあって、やかんにお湯が沸いていて「シュンシュン」といって、夕飯のにおいがしてきて。家族が生活する音とにおいでいっぱいの、温かさを感じました。

かりんさんと一緒にいろんな景色を観に行きたいです!
砂浜で全身星(砂)まみれになるのもすてき(笑)

「好きな音って、なに?」と聞いてくださいましたね。
いろんな音がありますが―聞くとほっとする音、笑っちゃう音、お腹が空く音…。
稀に、全く予想していなかった世界の扉が開いていくような音に出会う時があります。
例えば、茨城県大洗の海の音は、私にとって印象的な音でした。

ちょうどこの時期。早朝。寒かったなー。
ほとんど岩場のような海岸に波が激しくぶつかって、砕ける音を聞きました。泡になって消えていくのが分かって。
ゴオオーー バッシャーン シュワシュワワワ…
「え、海ってこんなだった?」私の知らない海に圧倒された音でした。
靴がびしょぬれになったことは言うまでもありませんが。

かりんさんの思い出の中にはどんな景色があるんでしょうか。


季節の往復書簡vol.6(2021.2.25)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

バリちゃん、お返事ありがとう!
少しだけど日が長くなってきたね。
ダイアログ・ミュージアムに行く途中、水仙の花や、濃いピンクの桜が満開なの。
河津桜なのかなぁ。
春が近づいているんだね。

バリちゃんの「思い出の中の景色」を教えてくれてありがとう。
「ゴオオーー バッシャーン シュワシュワワワ…」
波が砕けて泡となり消えていく音が聴こえてくるようです。
潮の香りや、しょっぱい空気感まで感じました。
(一緒に読んだ母ケーコは火曜サスペンス劇場が見えたと言っていました笑)

同じ海でもいろんな表情があることを知った瞬間って、驚きと発見だよね。
私の「思い出の中の景色」はね、うーん……。
ふと思い出したのは父に連れられて行った上野の美術館。
17歳だった私は、睡蓮が浮かぶ美しい水面の絵から離れられなくなってしまったの。
それは、印象派の画家クロード・モネの「睡蓮」という作品でした。
水面に浮かぶ蓮の花や草、水面にうつる空の青さと反射する光。
影のひとつひとつに黒以外の色彩があり、柔らかなのに重厚で、引き込まれました。
私にとって、こんなに光に満ちた絵画は初めてだったの。
モネの自宅の庭の池だけど、刻一刻とうつろう光の色や微妙な陰影、
水面のゆらめきの刹那など
同じ対象をいろいろな角度から見た作品は数百点にものぼるとか。
それらを見たくてフランスのオランジェリー美術館にまで行ったくらいよ。

視点を変えれば同じく見えるものは一つとしてなく
視点を増やせば世界はいくらでも広がるんだと感じたの。
このことってきっと、私たちが大切にしている対話にもつながっていくよね。
私は美術館が大好きなのだけど、バリちゃんはどんなふうに楽しむのかな?


季節の往復書簡vol.7(2021.3.11)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

お手紙ありがとうございます!
3月に入って、一層春が近づいてきましたね。

17歳のかりんさんが離れられなくなった1枚の絵。モネの『睡蓮』だったんですね。「光に満ちた絵画」か。
かりんさんのその表現に触れることこそ、私にとっては絵画を『観る』ことです。

私、かりんさんからのお手紙を読んで運命のようなものを感じたのですが…。というのは、私にとってモネは思い出深い人なんです。

大学生のとき、ふらっと、高知県を一人旅したことがあります。そこでたまたま訪れたのが『モネの庭』という植物園でした。私はそれまで、モネの名前しか知りませんでしたし、植物も詳しくない。正直楽しめないものと期待せずにいました。

ところが、『モネの庭』の職員の方が、一緒に園内を歩き、丁寧に私にお話くださったのです。私はその方の言葉で初めて、睡蓮の美しさと、その美を夢中で描き続けたモネのことを知りました。特にブルーの睡蓮の幻的な魅力について。とても温かくて、嬉しくて、特別な感じがしました。

私にとってモネの『睡蓮』は温かくて、嬉しい、特別な絵になりました。美術館で絵を見るのとはちょっと違った体験ですが、私は絵を『観た』気がしています。

実は私、演劇が大好きなのですが、それもやっぱり17歳のときに衝撃的な体験があって~『17歳』って何かに出会う歳なのかな(笑)私はそこで大きく変わったんですよね。芸術ってそういう力があると思う。

かりんさんは、絵画と出会って何か変わったりしたんですか?17歳のときのかりんさんってどんな人だったんだろう。気になる……!


季節の往復書簡vol.8(2021.5.20)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

バリちゃんお手紙どうもありがとう。
新緑の緑から生命力の強い濃い緑を感じる季節になりました。
少し間が空いてしまいましたね。

17歳の私が出会った「モネの睡蓮」が、バリちゃんにとっても「特別な絵」だったこと、そして私の表現に触れることがバリちゃんにとって「観る」ことにつながると分かり嬉しくて心が躍りました。

「17歳って何かに出会う歳なのかな」ってバリちゃん言ってたね。
私にとって17歳は「聞こえない世界」との出会い、だったのかな。
もともとは聞こえる世界にいたけど、少しずつ聴力が落ち17歳を迎える前に両耳とも聞こえなくなったのね。
音を失って、コミュニケーション手段を失って、この身体でどう生きていくのか、希望も光も見えなくてつらかった。
そんな私を父はいろんな美術館に連れていってくれたの。
美しいものを見ることで心が癒され、多様な表現、異なる価値観、無限の世界観があることを知りました。
静かな世界で、静かだからこそ誰にも邪魔されることなく自分自身との深い対話ができたし、父との会話はほとんどなくても「並んで一緒にみる」ことそのものが対話だったんだなぁ、って今は思うんだ。
そして、美しいものや心を揺さぶるものとの出会いがある限り、生きる価値はあるのかも、と思えてきたのね。
また自分もそんな作品を作りたい、と絵を描くことに没頭し、絵の具やパステルなど様々な画材を揃えるのが楽しくなってきて。
静かな世界から、これまで見えなかったことが見えてくるようでした。

そうか、「聞こえない世界」との出会いは「みる世界」との出会いでもあったのね…。

バリちゃんとの対話って、こんな発見があるから心地良いんだなぁ。
バリちゃん、演劇が好きなんだね。
私も好きよ!バリちゃんの衝撃的な体験、ぜひきかせてほしいな。


季節の往復書簡vol.9(2021.6.15)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

むっしむしの季節が来ましたね。今の雨は温かくて好きです。

17歳のかりんさんにとって、「聞こえない世界」との出会いは戸惑いだった。それは紛れもない本当の気持ちですよね。
でも、同時に「みる世界」との出会いだったなんて。美術館につれて行ってくれた当時のお父様が聞いたら涙が出るほど嬉しいでしょうねー。

かりんさんの言葉につられて、私も17歳の思い出語りをば。
私は小さい頃から演劇が好きで、舞台表現の勉強ができる高校に入学しました。見える子たちに混ざって自分も健常者を演じるのが楽しかったんです。
ところがある日友達に「ジョニーに目の見えない役を演じてほしい」と言われたんです。かなりショックでした。だって、「目が見えない、って分からなかった」と言われることが私にとって1番の褒め言葉でしたから、真逆のことを言われたのです。
悩んで、その友達と話して、考えて……。
目の見えない宇宙人という役を作ったんですよ!白杖を武器にしてバトったりして。
そしたらすっごく怖い先生が「面白かった」って言ってくれて。
それから、見えない自分に自信を持てるようになったんです。「『見えない世界』にいよう」って思った。

「みる世界」へ行ったかりんさんと「見えない世界」にいる私。でも、絵やお芝居や、共有できるものがある、って何だか嬉しいです。

私ずっと思っているのですが、かりんさんと音楽を共有したいなー。以前ミュージアムでピアノLIVEがあったとき、ミュージアムスタッフの彩音さんから「『キラキラ星』かりんに伝えて!!」って言われて、正直迷ってしまった。
「みる世界」の音楽って、どんな感じですか?


季節の往復書簡vol.10(2021.6.28)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

雨の季節、葉っぱの端から今にも落ちそうなまあるい雨粒の中に向こう側の景色が小さく見えるの、好きなんだ。

バリちゃんが心の枠を超える演劇エピソード、興味深く読みました。
「『目が見えないって分からなかった』と言われることが褒め言葉」だと思っていた、そんな気持ち、わかるなぁ。

見えること、聞こえることを前提とした社会の中で少しでもそこに近づこうとしていた時期もあったよね。
でも、目が見えない宇宙人役(!)を演じることで 「見えない世界にいようって思った」という一言、ズシンと響きました。
バリちゃんの胆力の基盤の一部を見た感じがします。

そして、先日バリちゃんが「見えない人の役」で出演した舞台を観たことを思い出しました。
キレッキレのダンス、かっこよかったよ!どうやって覚えたの?
躍動感からリズムが伝わり、楽しそうな表情から明るくアップテンポな曲をイメージしました。

ミュージアムで演奏された「きらきら星」のときは、バリちゃん両手をひろげて上にあげ、「キラキラ」の表現をしてくれたよね。とっても分かりやすかった!
手話で一緒に歌った後はピアノに触れて音を感じさらにピアノの蓋の中に頭を入れてみたら、すごかった!
蓋の内側に、あたった音が反響し、共鳴し、まるで音のさざ波の中に頭を入れたみたい。

音は空気、空気が振動すると皮膚や産毛で感じるし空気の圧力もあるね。
歌う人の口の動き、表情、肩や胸から分かる呼吸の強弱、それから楽器を操る指の動きや、聞く人たちの表情や手拍子など、すべてが音楽を楽しむ要素になっています。

ダイアログ・ミュージアムって、見えない人も聞こえない人も同じ場にいて互いに感じる力を制限することなくひらいていける場だね。
見えないとか聞こえないとかそんな次元を超えた感覚や感性が交ざり合う、そんな風に感じます。
バリちゃんはどう思う?


季節の往復書簡vol.11(2021.7.9)

聞こえないかりんさんへ
見えないバリ・ジョニーより

長い雨が降りましたね。雨の日はすべてがくすんだにおいがして落ち着くのですが、洗濯物がお日様のにおいじゃないのは悲しいですね。

かりんさんの音楽の楽しみ方、歌い手の肩や胸から呼吸の強弱を感じたり、観客の表情からも音楽を感じるのか。
そして、ピアノに触れるだけじゃなくて、蓋の中に頭を入れる!?「音の漣」に頭を突っ込む、なんて、想像もつかなかった!

対話の森は「感じる力を制限することなく開いていける」場所だというかりんさんの言葉に深くうなずいています。

そう、先日私の出演したお芝居を見に来て頂いてありがとうございました。

私、ダンスがとてもいやだったんです。今までも、運動会なんかで皆で踊ることがあったのですが、私だけ動きが変だと言われてました。

振り付けを覚えるときは、大まかな動きは言葉で説明してもらいながら―「右手を挙げて」「左足を前に蹴って」という言葉から想像した動きをやってみて、違うところは文字通り手取り足取り修正してもらいます。

ところが、たいていある程度まで来たとき「なんか違うけど、違いを説明できない」という事態に陥ってしまうのです。「なんか変だけど…しょうがないか」となってしまう。

私にとって、ダンスは目的地を知らされてないのに迷子になってしまったような、心細いものでした。

でも、ここ1年余り、対話の森でかりんさん始めサイレンスアテンドの皆さんと出会って、手話を教えてもらったり、ジェスチャーで伝えようとしてみたり。そうしているうちに、ちょこっと気持ちが変わりました。

かりんさん、私のダンスを見て「躍動感からリズムが伝わり、楽しそうな表情から明るくアップテンポな曲を想像」したって書いてくれたでしょう?私の動きを見て、何かを受け取ってくれる、ってことが衝撃的でした。
最近、ダンスも私を表現する方法の一つにできる気がしてきました。

感じる力も制限されないし、伝え方も、自分の思いもよらない方向性が開いていく。ダイアログ・ミュージアムはそんな場所なのかもしれません。嬉しいなー。

だけど、どうしてミュージアムではこんなに私たち自由なのでしょうね?


季節の往復書簡vol.12(2021.7.27)

見えないバリ・ジョニーへ
聞こえないかりんより

青空の中、真っ白な入道雲がむくむくとそそり立つ雲の峰がひろがっていたの。アスファルトに映る夏木立の影がくっきりと濃く、夏だなぁ…と感じるよ。
カブトムシにトンボにセミ、夏の虫はフォルムや動きがかっこよくって大好き。
バリちゃんは夏が好きそうなイメージだけど、どんなふうに夏を感じているのかな?

ダンスは苦手だったバリちゃんが、聞こえないアテンドと出会う中で「ダンスも自分を表現する一つの方法」だと思えるまでのプロセス、とても興味深かったです。
人と人が出会い、そこから自分の思いもよらない方向性が開いていくこと、すごくよくわかるの。

実は私、自分がアテンドになるなんて全く考えていなかったのね。
できるとも思わなかった。

私は2017年、日本で初めてサイレンスを開催するために企画監修を担当していたの。
アテンドの研修では、言葉を使わずに身体で表現をする豊かなパフォーマンスに、毎回見惚れていたのよ。私は講演や執筆など言葉で伝える仕事に携わっているから、まるで別世界のようでした。

でも次第に、アテンド達から放たれる笑顔にひかれて、私もやってみたいという気持ちが出てきて。それからしばらくは、できるかな?でも今更、やっぱり、うーん…と悶々もんもん。
えーい迷うくらいならチャレンジを!と覚悟を決めたものの道険しくて。(何度デモに落ちたことか…笑)

でもね、視線や表情、手や指の動かし方、身体の使い方を学ぶ中で「自分の身体ってまだまだこんなに使えるところがあったんだ」って発見の日々。
直立不動だった私の身体が少しずつ動いていくの。身体感覚の拡張だよね。

それを今、アテンドとしてゲストとともに拡張できているのが本当に面白い。
サイレンスでは夏コンテンツが始まり、静かなのに祭りばやしや花火、カエルやセミの声がきこえたり、思いもよらない展開に毎回爆笑しているの。声を出さずに笑うって大変なのよ。

でも、自由な発想が、表情や身体の動きにのって、言葉の壁を超えていくかんじ。
バリちゃんにとってのダンスと私にとってのサイレンス。
人と人が出会うことによって、こんな「自由」への扉が開かれていくんだね。

ダイアログ・イン・ザ・ダークの世界もまた違った自由さがあるよね?
聞こえない私が体験したとき、とても衝撃的だったもの。


最新号はダイアログメールマガジンで購読可能です!
メールマガジンの登録はinfo@dialogue-japan.orgにお問い合わせください。

ニュース一覧へ戻る